東京地方裁判所 昭和55年(ワ)6376号 判決 1989年11月28日
主文
一 被告は、原告に対し、三六六二万七九三三円及びこれに対する昭和五三年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
一 事案の概要
1 原告の主張
(一) 原告は、昭和四七年七月生まれであるが、昭和五三年一月七日朝、自宅で二階から転落して左前腕の橈骨及び尺骨を骨折し、同日被告経営の鈴木整形外科診療所に入院して治療を受けた。
(二) ところが、原告は、治療後、フォルクマン拘縮症により、左腕の機能を失った。
フォルクマン拘縮症とは、阻血により筋肉が変性し、肘、腕関節、中及び末梢指節が屈曲するものである。
(三) 被告の債務不履行
(1) フォルクマン拘縮症は、特に一〇歳未満の小児が骨折した時には頻発する症状であるから、医師は、その発生の防止に十分配慮する契約上の義務がある。
(2) 原告には、一月七日朝から同月九日までの間に、持続する激痛、強い腫脹、脈拍触れず、シビレ感、冷感など阻血を疑うべき症状があり、一月九日には左前腕に褥創が発生していた。
(3) 阻血がおこると、その症状発生後六ないし八時間内に筋膜切開を含めた解消措置をとらなければ、筋肉・神経の変性をくいとめることはできなくなる。そこで、阻血の有無を一時間おきくらいに監視し、阻血を認めたらすみやかに回避措置をとるべきであった。しかし、被告は、右のような患者の容態のチェックそのものを怠り、回避措置をとらなかった。
被告が患者の容態をチェックし、回避措置をとっていれば、原告はフォルクマン拘縮症にかからずにすんだものである。
(四) 原告に生じた損害額は、次のとおり合計三六六二万七九三三円である。
(1) 治療費等 八七万九二二七円
(2) 逸失利益 二四九八万八七〇六円
原告の受けた障害は、後遺障害別等級第七級九号に該当する。逸失利益は、二〇万六三〇〇円×一二か月×一〇〇分の五六(労働能力喪失率)×一八・〇二五(ホフマン係数)で二四九八万八七〇六円である。
(3) 精神的損害 八七六万円
後遺症分 八〇〇万円
入院中の慰謝料 一六万円
通院中の慰謝料 六〇万円
(4) 弁護士費用 二〇〇万円
(五) そこで、原告は、被告に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、三六六二万七九三三円の支払い及びこれに対する債務不履行の日である昭和五三年一月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
2 被告の主張
(一) 被告が原告主張の骨折の治療をしたことは認める。
(二) 原告の左手の指がまがり、左腕の機能が減退したことはそのとおりであるが、その程度は回復不能とまではいえない。また、フォルクマン拘縮症の一般的な定義は認めるが、原告はフォルクマン拘縮症にかかってはいない。原告の拘縮は、二月末ころに完成した。これは、骨折により直接筋肉が損傷し徐々に症状が進行するフォルクマン様拘縮症であり、回避できないから、被告に責任はない。
(三)(1) フォルクマン拘縮症が頻発することは否認する。特に、本件のような前腕骨の骨折では、まれにしか発生しない。医師がフォルクマン拘縮症の発生防止に配慮すべきことは認める。
(2) 原告が痛みを訴えたのは事実であるが、ベッドに結わえねばならないほどのものではなく、この程度なら骨折の痛みであったというべきである。原告主張の腫脹、シビレ感、冷感があったことは認める。但し、冷感については、一月七日朝の整復時であり、寒い時であったから、患肢が外から冷やされたため生じたものである。被告は、原告の爪の色を点検してみたが、爪の色は、正常であった。これらの事実によれば、原告に阻血はなかったものである。
(3) 阻血がおこると、すみやかに筋膜切開を含めた解消措置をとらなければ、筋肉・神経の変性をくいとめることはできなくなることは認める。治療につき、被告は、一月七日午後に再度整復・固定をし、八日、九日にも固定をやり直した。
筋膜切開をしなかったことは認める。しかし、本件はフォルクマン様拘縮症であって、筋膜切開をしても拘縮は回避できなかった。
なお、阻血がある場合でも、固定をやめ筋膜切開に踏み切ると骨の癒合が悪くなり、骨が曲がってしまう可能性があるから、原告のいうように簡単に筋膜切開に踏み切ることはできない。
(四) 損害額は争う。
二 当裁判所の判断
1 原告に生じた症状が阻血を原因とするフォルクマン拘縮症であるか、被告主張のように骨折により直接筋肉が損傷したことが原因で徐々に症状が進行したフォルクマン様拘縮症であるのかどうかについて、判断する。
証拠によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 原告を診察した東邦大学付属大森病院の飯野龍吉医師は、原告の症状を阻血性のフォルクマン拘縮症と診断した。
証拠
甲一六の二
乙二
飯野龍吉医師の証言(七丁裏から八丁裏、一一丁裏、三〇丁表裏)
(二) 飯野医師の右診断を見て、被告も阻血性のフォルクマン拘縮症であるとの見解を持ち、乙一のカルテなどにそのように記載した。
証拠
乙一
乙二
被告本人尋問の結果(七回四丁表、八回一丁裏)
(三) 原告には、昭和五三年一月九日の段階で左前腕屈側の皮膚に、褥創が出ているが、これは、圧迫によって生じた阻血性のものであった。
証拠
荒井孝和医師の証言(一六丁表から一七丁裏、二二丁表、三四丁表裏)
被告本人尋問の結果(六回九丁裏から一〇丁裏)
(四) 原告の左手指の症状は、次のとおりであった。
昭和五三年一月一二日 指をさわられると痛がる。
一月一三日 第二ないし第五指は少ししか動かせない。
一月一六日 手背、指、前腕に知覚異常がある。
一月一七日 手指を少ししか動かせない。手指にまひ感がある。
一月一九日 正中神経、尺骨神経にまひ感がある。
一月二七日 拇指の外転ができない。
二月二二日 手指は屈曲して、指関節を伸ばせなかった。
証拠
乙一
乙三
原告法定代理人海山貞子の尋問の結果(二回一六丁)
被告本人尋問の結果(一回二一丁裏から二二丁表、二三丁裏、二五丁裏、三〇丁表裏)
(五) 原告の手術を担当した東京医科歯科大学の荒井孝和医師は、原告の病歴と筋肉の繊維化の状況等を総合考慮して、阻血性のものと判断した。
証拠
乙一七の二
荒井孝和医師の証言(三丁表裏、一四丁裏から一五丁表、二二丁表から二三丁表)
(六) 鑑定人も、原告に生じた症状は、阻血によるフォルクマン拘縮症によるものであると鑑定した。
証拠
鑑定人の鑑定の結果(鑑定書二六頁)
被告は、直接筋肉が損傷したことが原因であるとするが、それを裏付ける証拠は、不十分である。また、被告は、症状の進行が急でないことを根拠とするようであるが、専門の医学書(甲七)によれば、関節の拘縮、変形は、一、二週間後より発生し始めるとの記載もあり、必ずしも、全ての症例において一挙に症状が完成するものでもないと認められるから、本件で関節の拘縮変形が完成するまで一か月以上を要したとの事実は、阻血性の拘縮であると認定することの妨げとはならない。
以上、検討したところによれば、原告に生じた症状は、阻血を原因とするフォルクマン拘縮症であると認めることができる。
2 次に、一般に、骨折の治療にあたる医師が、フォルクマン拘縮症を防止するためどのような義務を負うかを検討する。
基本的には、フォルクマン拘縮症の原因となる阻血につき、その症状が現れているかどうかに注意してこれを発見し、阻血を解消する処置をとるべきであるといえるから、以下において、阻血が起こったときに発生する症状と回避措置の内容等を検討する。
(一) 阻血がおこったときに現れる症状
証拠によれば、次のとおりであると認められる。
(1) 激しい痛み
(2) 著明な腫脹。強いと、水疱が発生したり、脈拍に触れなくなる。
(3) 脈拍喪失
(4) 知覚の異常。シビレ感など。
(5) 筋麻痺。これがあると、指を自分で動かせなくなり、他人が動かすと非常に痛みを訴える。
但し、常にこのすべてが現れるわけではない。
証拠
甲六
甲七
甲九
甲一〇
甲一一
甲一二
甲一三
甲一四
甲一五
鑑定人の鑑定の結果(鑑定書二〇、二一、二八、二九頁)
荒井孝和医師の証言(七丁表裏)
(二) 阻血があると分かった場合の処置
証拠によれば、次の処置により阻血の解消が可能であると認められる。
(1) 固定をゆるめる。
(2) 患部を上にあげる。
(3) 暖かい食塩水を与える。
(4) マッサージをする。
(5) 骨の転位(骨が折れて動いて正常の位置からずれていること)が腫脹をひきおこしていることが考えられるから、整復しなおすとか、牽引を加える。
(6) これらの処置によっても症状が改善されない場合には、骨の癒着は悪くなるが、筋膜切開手術をする。
証拠
甲六
甲七
甲八
甲九
甲一〇
甲一一
甲一二
甲一三
甲一四
甲一五
鑑定人の鑑定の結果(鑑定書二九頁)
(三) フォルクマン拘縮症の回避可能性
鑑定人の鑑定の結果(鑑定書一四、三二頁)及び荒井孝和医師の証言(二四丁表裏)によれば、阻血自体は骨折時に一〇パーセント程度の割合で発生するが、結果としてフォルクマン拘縮症に至る事例はごくまれであることが認められる。そうすると、前項に示した阻血防止の処置を適切にとることにより、殆どの場合フォルクマン拘縮症に至ることを回避することが可能であると認められる。
(四) 阻血防止処置は、いつまでにすることが必要か。
甲七、鑑定人の鑑定の結果(鑑定書二一頁)、荒井孝和医師の証言(一三丁表)によれば、阻血が発生した場合、すみやかに阻血解消の処置をしなければ、筋の変性を防ぐことはできなくなるものと認められる。また、甲七及び鑑定人の鑑定の結果(鑑定書二一頁)によれば、この処置は、早いほどよいが、その期限は、遅くとも骨折整復後四八時間程度であると認められる。
3 右に検討したところによれば、原告のフォルクマン拘縮症を回避するには、原告の初診時である昭和五三年一月七日朝から遅くとも一月九日頃までに、阻血防止の処置をとる必要があったものと認められる。そこでその間に、原告に阻血の症状が現れていたかどうかを判断する。
(一) 証拠によれば、原告には、次のような阻血を疑うべき症状が現れていた事実を認めることができる。
(1) 痛み 原告には、一月七日の初診時から痛みがあり、それが極めて強かった。そのことは、その日の整復時から原告が激しく暴れたことにも表れている。整復後もずっと痛みが続き、七日の昼食は食べられず、七日の夜にはほとんど就寝できない状態であった。八日にも痛みはずっと続き、夜間にはむしろ前夜よりも強く痛みを訴えた。この痛みは、九日も続いた。
(2) 腫脹 一月七日の朝から強い腫脹があり、これが持続した。しかも、この腫脹は、脈にふれることができないほど強度であった。
(3) 感覚異常 一月七日からシビレ感が続いた。
(4) 一月七日以降、健康な右腕に比較して、患肢である左腕に冷感があった。
(5) 一月九日以降、前腕屈側に褥創が現れるようになった。
証拠
乙一
乙三
証人荒井孝和の証言(一六丁、一八丁裏から一九丁表、二二丁表)
証人飯野龍吉の証言(四丁裏)
原告法定代理人海山貞子の尋問の結果(一回六丁表裏、九丁表から一三丁表、一六丁表裏、一八丁裏から一九丁表、二回六丁表、一五丁)
被告本人尋問の結果(一回一五丁、二回一一丁裏、一七丁表、三回一〇丁裏、六回一七丁、七回一五丁裏ないし一六丁表)
(二) これに対し、次の事実によれば、被告が阻血を疑わなかったのも不当とはいえないかのようである。
(1) 骨折時には阻血以外の原因による痛みも存在するのであり、阻血による痛みとそれ以外の痛みは、前者の方が強いというのみで必ずしも区別は容易ではない(荒井孝和医師の証言(二五丁表裏)により認められる。)。
(2) 原告の爪の色は、正常であった。
(3) 一月頃は寒く、七日朝の整復時、患肢である左腕が外から冷やされた可能性もある。
(三) しかしながら、痛みについては、七日にも整復時に激しく暴れたり、就寝できないほどの激しさであったから、それ自体異常というべきであり、更に、骨折自体による痛みは、固定して一晩すると和らぐのが通常であると認められるところ(荒井孝和医師の証言九丁裏)、整復翌日にも痛みが持続し、むしろ夜には悪化したというのである。したがって、腫脹が激しい等の症状もあることをも考慮すれば、やはり単なる骨折の痛みとして放置すべき状態ではなかったというべきである。
また、被告本人尋問の結果及び原告法定代理人海山貞子の尋問の結果中には、被告らが、子供は甘ったれて実際以上に痛みを訴えるから、額面どおりに受け取れないと考えているかのように思える部分がある(被告本人尋問の結果七回一五、一六丁、原告法定代理人海山貞子の尋問の結果二回六丁から七丁表)。確かに、そのような患者もあるかもしれないが、特に本件については、骨折自体かなり強度であるし、腫脹の強さなどさまざまな阻血の症状があったのであるから、やはり直接患者に会い、患者が症状を正確に表現できないなら付き添いの親に状況を詳しく聞くなどの努力を医師の側からすべきであって、症状の訴えに誇張がありうるからといって放置することは許されないものといわなければならない。
更に、爪の色については、阻血が相当程度発生していても疎通しているほかの血管を迂回して血液が指先まで来ることも多く、爪の色が正常であるからといって阻血を否定することはできないものと認められる(鑑定人の鑑定の結果(鑑定書三四頁)、荒井孝和医師の証言(一一丁表、二七丁表裏))。
患肢である左腕の冷感についても、健康な方の右腕と比べて冷たかったのであって、当時寒かったからといって当然にそれによるものとはいえない。
そして、さきに認定したとおり、阻血が発生した場合、すでに掲げた症状のすベてが現れるのではないし、本件のように、前腕の両骨が折れ、骨の転位も著しい場合には、阻血を十分注意して監視すベきものといえ(飯野龍吉医師の証言(二三丁表から二四丁裏))、本件においては、阻血の症状も複数出ており、その程度も強度であるから、被告は、骨折の当日である一月七日から一月九日頃までの間に、このまま放置すればフォルクマン拘縮症に至る可能性があることを認識すベきであったのであり、被告は、この認識に立って、すみやかにその回避のための処置をとる医療契約上の義務を負っていたというべきである。
4 そこで、右の阻血の症状が現れていた当時、被告が原告の容態をチェックし、阻血を回避する処置をとったといえるのかどうかについて判断する。
証拠によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 被告は、昭和五三年一月七日の夕方以降九日の診察時まで、原告の左腕の状況を直接観察していない。
証拠
原告法定代理人海山貞子の尋問の結果(一回九丁裏から一三丁裏、一七丁表から一八丁表、二回二丁裏、一四丁裏から一六丁裏、二五丁裏、二八丁表裏)
(二) 被告は、昭和五三年一月九日の診察時にも、阻血によるフォルクマン拘縮症の危険性が現に生じているとは認識せず、特別の回避措置はとらなかった。
証拠
乙一
乙三
鑑定人の鑑定の結果(鑑定書二二頁)
被告本人尋問の結果(五回三〇丁裏、七回二五丁表から二六丁裏)
(三) 被告が昭和五三年一月七日に用いたギプス副子は、原告の左前腕の全周にわたるものではなく、一端の開いた樋状のものであったが、前腕の大部分がかくれるほど深いものであり、その圧迫によって、左前腕に褥創が生じたため、被告は、一月九日か一〇日頃以降、これを用いるのを中止した。しかし、このような強い圧迫は、阻血の症状が出ていた一月七日から九日頃まで続いており、その間に、被告が、この圧迫を取り除くため、特別の回避措置をとったことはない。
証拠
甲一
乙一
乙三
乙四の七
被告本人尋問の結果(五回二〇丁表から二三丁表、六回九丁裏から一〇丁表、一八丁表裏)
右にみたように、被告は、必要とされる経過の観察をおろそかにし、その結果阻血の状況の確認が不十分なため、必要な回避措置をとることを怠ったものと判断される。
これに対し、被告は、仮にフォルクマン拘縮症であったとしても、それはあくまで後から関節の拘縮という症状を見て結果としてそういえるので、骨折の治療途中でそのように即断はできなかったと力説する。しかしながら、鑑定人の鑑定の結果(鑑定書一八、二四頁)や荒井孝和医師の証言(六丁裏)にあるように、フォルクマン拘縮症が極めて回復の困難なものであることからすれば、他の症状である可能性があるにせよ、それとフォルクマン拘縮症をも念頭においた治療が必要であるというべきである。
また、被告は、固定の中止や筋膜切開については、固定を続けた場合に比べて骨の癒合が悪くなるから、フォルクマン拘縮症以外の可能性がある場合には、軽々に固定をやめ筋膜切開に踏み切るベきではないと主張する。しかしながら、フォルクマン拘縮症は回復困難な病気であって、骨の癒合が若干不十分であるのと比べても著しい機能上、外見上の支障を残すものであるから、鑑定人の鑑定の結果(鑑定書一八、二四から三一頁)にあるように、仮にフォルクマン拘縮症以外の可能性がある場合であっても、阻血の症状が強い本件のような場合では、必要であれば固定をゆるめ、筋膜切開まで踏み切るべきであったというべきである。現に、被告自身、阻血によるフォルクマン拘縮症を回避するため、骨が曲がってしまっても構わないから石膏を外すなどの処置をとることも通常行うと供述し(七回二六丁表)、フォルクマン拘縮症の予防を骨の癒合に優先させることを認めているのである。被告の前記主張は、採用できない。
以上の検討によれば、被告には債務不履行があったものといわなければならない。
5 そこで、原告の損害について判断する。
(一) 診療費及び入院費等 合計八八万二八二七円
(1) 診療費等 合計三七万二二一七円
証拠によれば、原告は、次に掲げる者に対し、本件フォルクマン拘縮症の治療のため、次に掲げる診療費等を支出したことが認められる。<編注・前頁下表)
(2) 入通院雑費・付添費用 合計二六万九四〇〇円
原告が、昭和五三年一月七日から同月二五日まで鈴木整形外科診療所に入院したこと、同月二六日から同年六月一二日までの間に合計七二日通院したことは、当事者間に争いがない。
また、そのほかの医院への入・通院日数は、甲二三、二四、原告法定代理人海山貞子の尋問の結果、弁論の全趣旨により、東邦大学医学部付属大森病院に通院一一日、東京医科歯科大学付属病院に入院一七日、通院七六日、広島大学医学部付属病院に通院二日、渥美接骨診療所に通院二日、後藤接骨院診療所に通院一日、谷クリニックに通院一日であることが認められ、入院雑費、入院付添費用、通院付添費用は、弁論の全趣旨によりそれぞれ一日あたり五〇〇円、二四〇〇円、一〇〇〇円と認められる。したがって、入院雑費、入院付添費用、通院付添費用は、それぞれ合計一万八〇〇〇円、八万六四〇〇円、一六万五〇〇〇円と認められる。
(3) 入通院交通費・宿泊費 合計二四万一二一〇円
また、弁論の全趣旨によれば、原告は、広島大学医学部付属病院への通院交通費及び宿泊費用として一一万三〇四〇円、それ以外の医院への交通費として一二万八一七〇円を支出したことが認められる。
(二) 労働能力の喪失による逸失利益三〇三二万九四四一円
鑑定人の鑑定の結果によれば、原告の症状は、現在、次のとおりであることが認められる。
(1) 握力が、右手二五キログラムに比べて左手は三キログラムである。
(2) 指と他の指との対立運動は、可能であるが、指腹においては不能であって、例えば茶碗を正常には持てない。
(3) 指の曲がり(度)
ア 左近位指節間関節
手関節 手関節 手関節
掌屈位 中間位 背屈位
拇指 〇 マイナス二五 マイナス八〇
示指 〇 マイナス二〇 マイナス九〇
中指 〇 マイナス四〇 マイナス一〇〇
環指 〇 〇 マイナス七〇
小指 〇 〇 マイナス六〇
イ 左遠位指節間関節
示指 〇 マイナス四〇
ウ そのほかの運動については正常である。
以上認定した事実によれば、原告は、指の対立運動が十分できず、物をつまんだりするときに大変不便であり、握力も弱く、手関節背屈位でほとんど指をのばせない状態にあるから、日常生活において左手が大変使いづらい状態にあるというべきである。
もっとも、原告の左手の指は、手関節を掌屈位にした場合には指が完全に伸び、中間位でもかなり伸びることが認められる。しかしながら、指の運動については、鑑定人の鑑定の結果(鑑定書四〇頁)にもあるとおり、指の機能が生活上大変重要であることを考えれば、指の関節が、手の位置がどのようであろうとも、十分に動くことが必要であるというべきである。したがって、右の事実を考慮に入れても、原告の左手は五指の用を廃したもの(後遺障害別等級第七級の七)というべきである。
そして、原告の左手の機能は、手術の後の状態からそれほど改善する見込はないと認められるから(荒井孝和医師の証言(二〇丁表)、飯野龍吉医師の証言(二二丁表裏))、労働能力喪失期間は、通常人の稼働期間全部にわたるというべきである。
以上の事実を前提とし、症状が発生した昭和五三年当時における産業計・企業規模計・男子労働者学歴計の賃金センサスに基づき計算すると、原告は、労働能力の喪失により、次に掲げる計算式のとおり、三〇三二万九四四一円の損害を被ったものと認められる。
(一九万五二〇〇円×一二か月+六六万二三〇〇円)×一〇〇分の五六(労働能力喪失率)×一八・〇二五(新ホフマン係数)
(三) 弁論の全趣旨によると、原告は、本件訴訟につき、弁護士大石徳男及び同道本幸伸に対し、弁護士報酬基準に基づき、着手金二〇〇万円を支払ったことが認められる。
(四) 慰謝料 九〇五万円
原告は、後遺症その他により、次のように精神的損害を被ったことが認められ、これを評価すれば次の額が相当であると認められる。
入・通院中の慰謝料 一〇五万円
後遺症による慰謝料 八〇〇万円
合計 九〇五万円
6 以上の事実によれば、原告の請求はすべて理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行宣言について同法一九六条一項を、それぞれ適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 岩田好二 裁判官 久留島群一)